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群馬県立土屋文明記念文学館

「生活」を歌う

群馬県立土屋文明記念文学館に行ってきました。リアリズムに根差した作品で知られる歌人土屋文明(1890~1990)の生地近くに建てられた文学館です。

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常設展示室では、土屋文明の生涯について解説されています。初恋の少女のことや、文学の道に足を踏み入れたときのこと、教育者としての取り組み、他の文学者との交流、万葉集研究、文化勲章受章など、誕生から晩年にいたるまでの歩みが、直筆原稿や写真、書簡等とともに紹介されていました。

また、その時々の短歌作品も展示されています。

19歳のときに作られた睡蓮の歌には、思わずハッとさせられるような美しさがあり、35歳頃の、貧しい友を詠んだ歌からは、自分の中の醜いものを見つめる視線が感じられます。そのほか、勤務先である学校の様子を詠んだ歌、農作業の歌、戦争にまつわる歌、家族を詠んだ歌、等々・・・これらの歌からは、年表や解説文には表れない生活の表情と、それを見つめ切り取る歌人の目、そしてその奥に潜む感情が感じられるようです。

物資のない戦時中や終戦直後にも、「アララギ」発行のため尽力し、歌を作ることを呼びかけ続けた文明。「作歌は吾々の全生活の表現」と語り、日本文化としての短歌を牽引しようとした、その力強さと勇気を思います。

そんな文明の書斎が、文学館内に移設されていました。植物を愛した氏が手ずから世話をしたという庭木も、窓の外に植えられています。書斎のテーブルには、文明が好んだというカステラが食べかけのまま置かれていて、かつてそこにいた人の存在を感じさせます。 

歴史の流れの中で

展示室では、土屋文明の生涯と併せて、同時代の日本短歌史の流れも紹介されています。与謝野晶子俵万智など、その時々の代表的な歌人や短歌作品などが紹介されていて、それぞれの時代の雰囲気を思い浮かべながら、文明の作品を鑑賞することができます。

また、ひときわ目を引くのが、常設展示室中央の「三十六歌人コーナー」。これは、この文学館が独自に企画したもので、小中高校の教科書をもとに、古代から20世紀初めまでに活躍した36人の歌人とその代表歌を選び、歌の世界をフィギュアで表現したものだそうです。

あまたの歌人の中から36人を選ぶのも、フィギュアのデザインを決めるのも、けっこう大変だったのでは・・・と勝手に想像してしまいますが、出来栄えは素晴らしく、見ごたえがあります。それぞれのフィギュアには、歌の持つ雰囲気や作者の思いなども表れているようで、面白いです。このコーナーを一周するだけで、教科書に出てくる短歌をざっくりと把握することができ、歌の世界を視覚的に楽しめる・・・大変お得でお役立ちな展示ではないでしょうか。

ところで。

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文学館のすぐそばには、100m級の前方後円墳3つを擁する保渡田古墳群があります。そして遠くに見えるのは、文明が故郷の風景として心に抱いた榛名山の山影。

隣接するかみつけの里博物館によると、この付近は古代には森だったと考えられていましたが、発掘調査の結果、堆積した火山灰の下から、5世紀の広大な水田跡やムラの跡などが発見されたとのこと。ずっと昔から人々の生活が広がっていたのですね。

そんな風景とあわせて土屋文明の文学碑(下の写真)を見ると、

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榛名山の姿を胸に抱いて故郷を後にしたのは、文明や同時代の人ばかりでなく、はるか古代の人々も含まれているのではないかと思えてきます。風景と一緒に、歌の世界も広がるようです。こういう解釈は作者の意図するところではないかもしれませんが、自由に想像を働かせる余地があるのも短歌の魅力のひとつ・・・と勝手に思っています。