博物館ランド

ミュージアムの面白かったところをレポートするブログです。

世田谷文学館「小松左京展 ―D計画―」に行ってきました

扉を開けて

世田谷文学館に行ってきました。企画展「小松左京展 ―D計画―」が開催されています(会期は2019年12月22日まで)。入口の自動ドアには、大きく「小松左京」の4文字が・・・。これだけで、なにやら異世界への入口めいて(?)います。

f:id:kamesanno:20191215000051j:plain

企画展を見る前に、まずは1階のコレクション室へ。こちらにはムットーニのからくり作品が置かれていて、決まった時間に上演されます。

カタカタと機械仕掛けの音がして、からくり箱の扉が開くと、そこは小さな別世界。作りこまれた舞台の中で小さな人形が動き、夏目漱石の「夢十夜」や中島敦の「山月記」等、文学作品の一場面を上演します。ムットーニ本人による朗読に、音や光の幻想的な演出も加わって、その様子はさながら夢の世界のよう。すべてが再び動きを止めるまで、ただ引き込まれます。

からくりコーナーの奥では、コレクション展「『新青年』と世田谷ゆかりの作家たち」が開催されていました(こちらは2020年4月5日まで)。

新青年」は、1920年に創刊された雑誌。江戸川乱歩をはじめ、国内外の探偵小説を多数掲載しました。会場では、「新青年」のあゆみが紹介されるとともに、執筆した作家たちの直筆原稿や、作家たちの間で交わされた書簡等が展示されていました。

中でも横溝正史関連の資料は多く、小中学生の頃に横溝作品を読みふけっていた私にとっては、ひときわ感慨深かったです。直筆の文字が拝めるなんて、あの頃は考えもしませんでした。

当時、探偵小説は人気を博していたようですね。「新青年」という雑誌の性質から、探偵小説は若者の冒険心に訴えるものという位置づけだったのかな等と考えながら、単純にわくわくして本の扉を開いた、子供の頃を思い出していました。

戦争を経て、未来へ

f:id:kamesanno:20191215000033j:plain

2階・企画展示室の「小松左京展」では、まず作家・小松左京(1931-2011)の生い立ちが、写真と自伝の文章で綴られていました。戦争の中にあった子供時代、「人生で一番すばらしかった」三高時代、イタリア文学を専攻した京大時代、演劇への熱中、実家の工場が倒産したことによる多額の負債、SFの手法で戦争を描き作家デビューのきっかけとなった作品「地には平和を」・・・。

作家になる前の小松左京は、大学卒業後しばらくの間、経済誌「アトム」の編集に携わります。その中で、小松左京湯川秀樹にインタビューした号が展示されていました。湯川秀樹の「科学技術の進歩に思想が追い付いていない」という趣旨の発言が、その後の小松左京の活動とどこかリンクするようでもあり、印象的でした。そのほか、「漫画家モリ・ミノル」としての一面を示す貴重な資料も展示されています。

また、作家となった後の幅広い交流の様子も紹介されていました。昔から「自他ともに認めるひょうきん者」だったという小松左京。作家同士で交わされた書簡や、自ら会長を務めた「日本SF作家クラブ」の刊行物等からは、ユーモアに富んだ、魅力的な人柄が感じられます。

そして、その仕事ぶりは非常にパワフル。作品執筆以外にも、国際SFシンポジウムの開催、映画制作、大阪万博テーマ展示のサブプロデューサーや、花博総合プロデューサーの仕事にも全力投球した様子が紹介されていました。

映画「さよならジュピター」は、SF作家ならではのSF映画をと、小松左京が原作・脚本・総監督・製作を引き受けて作ったもの。会場では、制作過程を示す資料や模型、メイキング映像等を見ることができます。一方、大阪万博では膨大な仕事を引き受け、花博では「名誉職から権限を持つ責任者に自分を昇格」させたとのこと。万博後の世界を見据えながら、理念を作り、実現のためのレールを敷いて、懸命に取り組んだ様子が見てとれます。その仕事の進め方からは、ビジョンと道筋を見失わない力強さが感じられ、こういう人と一緒に仕事ができたら楽しいだろうなあと、つい思ってしまいました。

小松左京自身は徴兵されたわけではありませんが、その言葉の端々からは、青春時代に影を落とした戦争の影響が感じられます。それだけに、仕事に取り組む情熱や、未来を目指す意志の強さが際立つような気がしました。

 SF小説の力

会場では、執筆に9年をかけた代表作日本沈没が大きくとりあげられていました。「小説『日本沈没』再読」と題されたコーナーには、作中での一連の災害が日本地図に表示され、登場人物たちの言動も紹介されています。被害の様子は新聞記事風のパネルにまとめられていて、実際の出来事と勘違いしそうなほどリアルな雰囲気。小松左京が執筆にあたり、地震のメカニズムや被災者の避難方法等について検討した手書きのメモや、日本列島の質量を計算したというキャノーラ計算機等も展示されていました。

小説『日本沈没』では、被害の状況や、被災者を襲う混乱、政治経済・国際社会の動きまでもが詳細に描写されていて、エンターテインメントの枠を踏み越えるほどの迫力が感じられました。広範な知識を土台として、科学的に、かつ想像力を思い切り働かせて世界を丸ごとシミュレートした、作家のすごさを改めて思います。

そして小松左京は、このSF小説の世界――フィクションだが起こり得る未来――を通して、読者への問いかけを行っているといいます。

「日本という国がなくなった時に、日本人はどう生き延びていくのか」。それは、災害の時に自分がどう行動するかということだけでなく、国家とは何か、日本人とは何か・・・という問いにもつながります。

また小松左京は、「SFとは希望である」という言葉も残しています。日本列島が沈んでしまう絶望的な光景の先に、あるいはそれを読んだ人が思い描く未来のヴィジョンに、どんな希望を見出せるのか? それは、私たち次第かもしれませんね。

ところで。

寒い日には、カイロがあると重宝します。カイロは、鉄の酸化反応で発生する熱を利用したもの。袋から出して空気に触れさせると、ほどなく熱を発し、長時間にわたって温もりを与えてくれます。

一方で文学館においては、いかなる仕組みでかは分かりませんが、様々な資料に接することで、その作家の持つ「熱」を感じることができます。その熱は時として胸に居座って、温もりと、新しいパワーを分けてくれます。