博物館ランド

ミュージアムの面白かったところをレポートするブログです。

是川縄文館に行ってきました

洗練された工芸品

八戸市埋蔵文化財センター 是川縄文館に行ってきました。縄文時代後期の風張1遺跡、縄文時代晩期の是川中居遺跡などの出土品が展示されています。

まず目を引かれるのは、漆器の展示。装飾が施された土器や木製の器に漆がたっぷりと塗られていて、色がきれいに残っています。造形も美しいです。

漆を塗った装身具も。

土偶もたくさんありました。遮光器土偶が目立ちます。ほとんどの土偶が、わざと壊された状態で出土すると聞きます。

この子はなかなか印象的。

用途がよく分からない土製品や岩版なども展示されています。謎が多いところも縄文の魅力ですね。用途を想像しながら模様を眺めると楽しいです。イモガイ状土製品(次の次の写真)は、ベーゴマを連想させます。

展示されている土器は、デザイン性が高く洗練されている印象を受けました。磨かれた部分の地肌が美しく、突起や縄文・線刻部分との美しい対比を見せています。

2千年以上、あるいは3千年以上も前に、こんなにきれいな工芸品が作られていたことに、改めて驚かされます。思わず「おおー」と声が出て、視線は釘付け。いろんな角度から眺めまわさずにいられません。

このような美しい土器を作る技術や美意識を持った縄文時代の人たちに興味がわきます。記録は残っていませんが、縄文土器の人気作家がいたかもしれませんね。

国宝に会いたくて

そしてそして。

常設展示室の一番奥、「国宝展示室」と名付けられた部屋に、1点だけ展示されているのが、国宝「合掌土偶」です。平成元年に風張1遺跡の住居跡から出土し、平成9年に同地で出土した他の遺物とともに重要文化財に指定。その後、合掌土偶1点が平成21年に国宝に指定されたそうです。

組み合わされた手、少し見上げるような表情、丁寧に刻まれた模様。本や写真で何度も見た合掌土偶が目の前に・・・(しかも展示室貸し切り状態)・・・これは感動的です。

写実的な体の造形や印象的なポーズもあいまって、最も人気のある土偶の一つと言えるのではないでしょうか。

この土偶は、出産の場面を象ったものではないかと言われています(諸説あり)。アスファルトで修理した跡もあり、大事にされていたと思われるとのこと。土偶の表情は何を語るのか・・・謎がまた魅力を呼び、いくら眺めていても飽きません。

ところで。

先日、プロ野球阪神オリックスの優勝パレードが、大阪と神戸で開催されました。監督や選手たちに一目会おうと、2会場で延べ100万人が押し寄せたとのこと。中には、遠方からこの日のために出かけた方もいらっしゃるようです。

私も、この有名な合掌土偶に一目会いたいがため、関西から青森県八戸市までやって来ました。お会いできて、良かった。

三内丸山遺跡とさんまるミュージアムに行ってきました

時間を超えて

憧れの三内丸山遺跡さんまるミュージアムに行ってきました。三内丸山遺跡は、縄文時代前期~中期の大規模な集落跡。一時は野球場建設のため取り壊されそうになりましたが、発掘調査でその重要性が判明し、保存されることになったそうです。現在は、世界遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」の一角を担っています。

最初の展示室「縄文のこころ」のコーナーには、出土した石器や装身具、土偶や岩偶、縄文土器などがシンボリックに展示されています。ここに展示されている品は、どれも見ごたえがありました。丁寧に加工された石器、装飾のあるヘアピン、水晶製の石鏃、印象的な表情の土偶など。何千年も昔の手仕事に、思わず惹きつけられます。

下の写真は、大型板状土偶。この遺跡では十字型の板状土偶がよく見つかっているそうです。

縄文人の暮らしをひもとく」のコーナーでは、当時のゴミ捨て場(水分が多く遺物の保存状態が良い)などで見つかった数多くの出土品をもとに、縄文時代の生活の様子が紹介されています。

当時は現在よりも気温が2~3度高く、食べ物を手に入れやすかったとのこと。魚の中ではブリの骨がよく見つかるそうです。動物では、他地域で多いシカやイノシシの割合は低く、ウサギやムササビが多いとか。どんな理由でその違いが生まれたのか気になります。また、ニワトコという植物の種子からお酒が造られていたのではないかという説も紹介されていました。

それにしても、おびただしい遺物や土や石の中から、小さな動物の骨、植物の種子などを選り分け、同定し、記録する労力もすごいなと思います。そういう地道な作業のおかげで、私たちは時間を超えて、何千年も昔の人々の暮らしを垣間見ることができるのです。

上の写真は土器ステージ。バケツを縦に引き伸ばしたような円筒式土器がこの地域の特徴です。時代が下るにつれ、他の地域の様式が混ざり、独自性が失われていくそうです。

また、三内丸山遺跡では、他の遺跡に比べて、土偶が圧倒的に多く出土しているとのこと。土偶は、祭祀に使われていたと考えられています。祭祀に関する特別な存在がいたのかもしれませんね。

奥行きのある風景

展示を一通り見学した後、ボランティアさんの案内で屋外の遺跡を歩きました。雨が降っていましたが、長靴無料貸し出しサービスのおかげで、足元を気にせずに済みました。東京ドーム9個分という広い敷地の中に、いくつかの建物やお墓などが復元されています。

上の写真は、環状配石墓(復元)。その他多くの簡易なお墓と異なり、有力者のお墓と考えられています。

上の写真は、復元された長さ30メートル以上の大型竪穴建物(右)と、大型掘立柱建物(左奥)。

大型掘立柱建物跡は、覆いの中に保存されています。柱の穴は、直径も深さも約2メートル。かなり大きいです。

埋設土器なども見ることができます。

上の写真は、ごみ捨て場として使われていた谷。

遺跡を歩くと、住居跡や盛り土、道路、道路の両側に並ぶお墓など、村内の施設の配置も体感でき、面白いです。

最後に、少し小高い場所から遺跡全体を見下ろしました。植生もできるだけ当時の状況に近くなるよう配慮されているとのこと。遠くに山が見え、縄文時代もこんな眺めだったのかなと思わせてくれます。印象深い風景でした。

ところで。

先日、ザ・ビートルズの新曲が発売されましたね。ビートルズの「聖地」として有名な場所の一つに、アビー・ロードがあります。ただの横断歩道も、ファンにとっては特別な場所。

今とは異なる時間や、かつてそこにいた人たちに思いを馳せることで、目の前の風景に豊かな奥行きを感じられることがあります。三内丸山遺跡も、そんな場所の一つです。

白鶴美術館「中国の銅鏡」「近代ペルシアのメダリオン絨毯」に行ってきました

時間の流れを楽しむ

白鶴美術館に行ってきました。白鶴酒造七代目・加納治兵衛の古美術品コレクションをもとに、彼の喜寿を記念して、昭和9年に設立された美術館です。私設美術館の草分け的存在だとか。

立地するのは、阪急御影駅からほど近い、高級住宅街の中。

敷地の周囲には大きな石垣がめぐらされ、迫力のあるたたずまい。本館は、開館当初の建築が残されています。和洋折衷で重厚感のある建物には独特の雰囲気があり、足を踏み入れると、時間の流れが少し変わるような気さえします。

水を引き込んだ庭園をはじめ、内装や調度品など、展示室へ入る前にも見どころがたくさんありました。

1階展示室の天井は、折り上げ格天井。大きく窓がとられ、ロールスクリーンが掛けられていました。「中国の銅鏡」と題し、この本館で展示されているのは、主に中国の春秋~唐時代の銅鏡。鳥や動物の文様を持つものが集められています(2023年6月4日まで)。

細やかな細工や美しいデザインが施されたものもあり、これらが千年以上も前に作られたことに改めて驚きます。

展示物の中には、美しい金箔が残っているものもあり、錆が出ているものもありました。

個々の展示物や技法についての解説のほか、錆に関する解説パネルもあって興味深かったです。

昭和初期の設計ゆえか、照明は蛍光灯と自然光。年代ものの展示ケースに平置きされた銅鏡の細かい部分が、少し見えづらいなと思うこともあります(拡大写真でところどころ補完されてはいますが)。

しかし一方で、そうしたある種の不自由さが、この美術館が歩んできた歴史を再認識させてもくれます。

古美術品が伝世してきた時間、一人のコレクターが生きた時間、古い建築物が歩んできた時間。そういった、普段はあまり意識しないものに、目を向けるきっかけになると言えるでしょうか。

ぜいたくな空間で、庭の水音を遠くに聞きながら美術品を鑑賞する時間は、ほかでは体験できないものでした。

ペルシア絨毯の魅力

美術館の本館から少し離れたところに、平成7年にオープンした新館があります。本館とはまったく違う雰囲気。

こちらは、全国的にも珍しい、絨毯を展示するための施設。白鶴酒造十代目・加納秀郎の中東絨毯コレクションを中心にしているそうです。

現在開催されているのは、「近代ペルシアのメダリオン絨毯」(2023年6月4日まで)。中に入ると、絞った照明の下、19~20世紀のペルシア絨毯が展示されていました。

メダリオン絨毯とは、中央にメダル型の模様がある絨毯。

会場では、イラン周辺の地図が掲示され、産地ごとの特色や、文様について解説されているほか、染色の見本等も置かれていました。

普段ペルシア絨毯をじっくり見る機会はなかなかなく、知識もありませんが、素直に美しいなと思いました。

個人的に好きだったのは、エスファハンで作られた絨毯。非常に繊細な模様に、思わず見とれてしまいました。このようなデザインを生み出す文化にも興味がわきます。

眺めているだけでも楽しい、手間のかかった手織りの絨毯・・・とても踏めそうにありません。

ところで。

子供の頃、「魔法の絨毯」に憧れました。『千一夜物語』に登場するのは「みすぼらしい絨毯」とのことですが、私の空想の中では美しい絨毯で、自在に空を飛んだものです。

この美術館は、アフメッド王子と妖精パリバヌーが暮らした宮殿のような、とまでは言えませんが、それでも貴重な建築に、鏡や絨毯などのマジックアイテム(?)を揃えて、しばし私たちを現実世界から連れ出してくれるのです。

気象科学館へ行ってきました

ミッションを楽しく

港区にある気象科学館へ行ってきました。気象庁が設置する、気象や地震、防災などについて学べる科学館です。入り口にはマスコットの「はれるん」がいます。入場無料。

令和2年にリニューアルオープンしたとのこと。映像やタッチパネルを使った、新しそうな展示装置が目立ちます。

ウェザーミッション ~キミは新人予報官~」のコーナーでは、動画に登場するイケメン予報官が、小芝居を交えながら楽しくクイズを出題してくれます。予報官になった気分で解答し、気象情報によって住民の安全を守る、というミッションを体験できます。

下の写真は「活火山のすべて」。

噴火の仕組みや観測機器等について、動画やプロジェクションマッピング?で分かりやすく説明してくれます。震動や地殻変動などを監視する観測網が整備されていることが分かります。小さな噴石の実物も展示されていました。

下の写真は「うずのすけ」。

白い煙で、竜巻と台風という2種類の渦を再現してくれます。

この写真のように、竜巻の渦管?が、時折はっきりと見えるのが面白かったです。

そのほか、水槽の水に波を起こす「津波シミュレーター」(下の写真)もありました。バーチャルだけではなく、実際の現象を観察できるところが良いですね。

下の写真・右手前の「災害ポイントウォッチャー」では、大雨や地震などの災害が起こったときにどんな行動をとるべきかを、タッチパネルを使ってゲーム感覚で学ぶことができます。

各種展示装置のほかにシアターやライブラリーもあって、小さいながらも充実した科学館でした。気象庁のミッションに沿った内容を、映像やクイズなどで楽しく学べる工夫がされています。

展示室には気象予報士の方が常駐されていて、展示装置の使い方を教えてくれたり、質問に答えてくれたりと、親切に対応してくださいました。(ありがとうございました!)

また、展示を見ていると、過去の災害が思い出され、日常生活は災害の危険と隣り合わせであることを再認識します。地道な観測や研究、毎日の天気予報、災害への備え・・・少しでも被害を減らすために、日々の努力が大切ですね。

ところで。

「あ、髪型を変えたんだね。」

大切な人のちょっとした変化に気づいてあげられるのも、日々の観測(?)があればこそ。

観察し、変化を捉え、そのふるまいを予測して対応する・・・・・あれ、難しいぞ。

樂美術館「瑞獣がくるー樂歴代のふしぎなどうぶつたちー」に行ってきました

茶碗の中の宇宙

樂美術館に行ってきました。

新春展「瑞獣がくるー樂歴代のふしぎなどうぶつたちー」が開催されています(2022年4月24日まで)。

f:id:kamesanno:20220114221240j:plain

ふしぎなどうぶつたち、という楽しげな(?)テーマにつられて館内へ入ると、そこに並ぶのは、この美術館ならではの珠玉のラインナップ。

一階奥の展示室には、「瑞獣」をテーマに、樂家歴代の当主の作品が展示されていました。亀、龍、孔雀、鵺など、動物に関する銘がつけられたものや、動物の絵が描いてあるものなど様々です。一代の当主につき1点ずつ選ばれた作品は、一つ一つが深みを感じさせ、見ごたえがあります。

楽焼はろくろを使わず、一つずつ手捏ねで作られるとのこと。その手のひらを思わせる造形、ヘラの痕、肌の質感、釉薬の色合いなど、一個の茶碗に様々な表情が溶け込み、眺める角度により印象を変えて、見飽きることがありません。手のひらの中の宇宙、という樂焼のキャッチコピーがありましたが、実物を前にすると、本当にそんな感じだなあと納得させられます。作品によっては口縁がやや内側へ入っていて、内部の宇宙を包み込んでいるかのようでした。

また、キャプションで紹介されている、動物についての解説や、茶碗に関するエピソード等も興味深いです。裏千家十五代の鵬雲斎が、出征にあたり、長次郎(樂家初代)の「白鷺」の茶碗で茶を服した、という内容もありました。おめでたい鳥の名前を持つ、歴史を経た一つのお茶碗に、込められた想いを想像します。

二階では、樂焼のルーツとされる明時代の三彩をはじめ、樂家歴代の手による、動物を象った作品等が展示されていました。精緻で格好良い獅子もいれば、思わず人を笑顔にさせる可愛らしいタヌキもいて、作陶の幅広さが感じられました。

入口近くの休憩スペース(?)からは、お庭を覗くこともできます。広くはありませんがきれいなお庭で、眺めていると落ち着きます。

お茶碗の宇宙に引き込まれ、お庭を見てゆったりした気分になれる、素敵な美術館でした。

ところで。

f:id:kamesanno:20220120183827j:plain

今年は寅年ですね。写真はとらやの羊羹室町時代に創業したというとらやの店舗は、樂美術館の近くにあります。

また周辺には、御所をはじめ、武者小路千家、本阿弥家旧跡、清明神社など、歴史を感じさせるスポットが目白押し。

京都の街角は、あちこちに宇宙を内包しているようですね。引力にふらふらと引き寄せられます。

大阪南港ATC Gallery「バンクシー展 天才か反逆者か?」に行ってきました

ストリートが本領

大阪南港ATC Galleryで開催されているバンクシー展 天才か反逆者か?」を見てきました(会期は2021年1月17日まで)。これを見に行った頃の大阪は、まだ「非常事態」ではなかったのですが・・・。

f:id:kamesanno:20201209001113j:plain

バンクシーは、イギリスを拠点に活動する匿名のアーティストです。展覧会はバンクシーの名を冠してはいますが、本人非公認。コレクターたちの協力によって開催されたものだそうです。

会場には、シルクスクリーンを中心に、多くの作品が展示されていました。

f:id:kamesanno:20201209000744j:plain
上の写真は、「バーコード」と名付けられた作品。一匹の豹がバーコードの檻を破り、悠然と歩いています。

私たちにとって、バーコードは身近で便利なもの。身のまわりのあらゆる物に、バーコードが表示されています。一方、バンクシーは反消費主義的な立場であるとのこと。

この豹が表しているのは、「自由」でしょうか、「危険」でしょうか。私たちはバーコードの檻の、内側と外側、どちらにいるのでしょうか。作品は見た目に分かりやすく、インパクトがありますが、見る者に気づきをもたらし、考えさせる一面もあります(ちなみに本展の解説アプリは充実していて、この作品については4通りの解釈を紹介しています)。

f:id:kamesanno:20201209000835j:plain
コロナ禍による外出制限下で、バンクシーは「自宅での仕事」をSNSに投稿しました。その画像をもとに、「仕事場」となったトイレが、会場に再現されています(上の写真)。

トイレに落書きされてしまった奥様には同情します。でも面白い。人間は自由に動き回れない中で、ネズミたちの生き生きとした様子が笑いを誘います。

バンクシーの基本的なスタイルは、街中の建物や塀などに無断で描く、落書き方式。そうやって描かれた作品が、会場内でも、写真や動画で紹介されていました。

f:id:kamesanno:20201209000903j:plain

上の写真は、「ブレグジット」という作品。イギリスのEU離脱をテーマにしたものです。フランスへ向かう連絡船の拠点である、ドーバーの町の建物に描かれたものだとか(現在は塗りつぶされてしまったそうです)。

作品が描かれた前後で、風景の見え方が大きく変わったことでしょう。作品は街の景色と一体となり、見る者に「面白い」と思わせ、「どういうメッセージが込められているのだろう」と考えさせます。迷惑な落書きではありますが、それがひとたび出現した後には、もうそれ無しでは淋しく感じてしまう・・・そういうところが、バンクシーの醍醐味のような気がします。その魅力が存分に発揮される舞台は、やはり美術館の展示室ではなくストリートではないかなと、展示を見ながら思いました。

矛盾をまとったヒーロー

展示会場ではそのほか、パレスチナ問題に注目を集めようと、バンクシーらがパレスチナ自治区内に開いた「ウォールド・オフ・ホテル(壁で分断されたホテル)」や、期間限定のディストピア的テーマパーク「ディズマランド」についても紹介されていました。大胆なアイデアと、その実行力に驚かされます。(下の写真は、会場内に再現されたウォールド・オフ・ホテルの部屋)

f:id:kamesanno:20201210203203j:plain

また、バンクシー作品の「その後」についてもとり上げられていました。

バンクシーの作品は、基本的に落書きスタイルであり、作品の安全は保障されません。保存が図られる場合もありますが、風雨で劣化したり、消されたり、落書きを上書きされたり、切り出されて高値で売却されたりすることもしばしば。

消費主義を批判するバンクシーの作品が、消費主義の中でもてはやされる側面もあります。自らの作品の行く末に関し、アーティストはある意味で無力かもしれません。

しかし、それだけでは終わらないのが、バンクシーの面白いところ。展覧会の最後は、世界をあっと驚かせた、オークション会場シュレッダー事件の映像で締めくくられていました。

時代の寵児であり、反逆者。無力であり、無限。落書きであり、アート。正体不明の、矛盾をまとったヒーローの活躍に、ついつい期待させられます。

ところで。

「鼠小僧」は、時代劇のヒーロー。ドラマの中では、大名や悪徳商人から盗んだお金を貧しい人々に分け与える義賊として知られています。

時として、バンクシーと鼠小僧との類似が語られることがあります。私は展覧会を見に行った時点でそのことを知りませんでしたが、作品を見ながら、自然と鼠小僧を連想していました。

私の感じた共通点は、誰も正体を知らないところ、反権力的なところ、作風がスマートなところ、迷惑行為を犯す人気者であるところ、ある日突然私たちに贈り物(?)を残してくれるところ・・・。

ヒーローのいる世界は、ちょっと楽しいですね。

国立民族学博物館「知的生産のフロンティア」に行ってきました

創造の過程

国立民族学博物館みんぱく)の梅棹忠夫生誕100年記念企画展「知的生産のフロンティア」を見てきました(会期は2020年12月1日まで)。

f:id:kamesanno:20201115210357j:plain

梅棹忠夫(1920~2010)は、みんぱく初代館長。生態学民族学、情報学など、幅広い分野に足跡を残した学者です。 国内外における多数の学術調査に参加し、情報の整理法などを著書『知的生産の技術』(1969年出版)にまとめました。

企画展では、梅棹忠夫の手によるノートやスケッチ、原稿、カード、海外調査に関する資料などが解説とともに展示され、その「知的生産」の過程を覗かせてくれます。

f:id:kamesanno:20201115210856j:plain

少年時代の登山記録にもすでに片鱗が伺えますが、手書きのノート、カード類は、とにかくキチンとした印象です(ずぼらな私から見れば特に・・・)。

文字ははっきりと書かれ、どの資料も問題なく読めます。またスケッチはかなり上手で、特徴を明確に、細部まで省略せずに描いています。しっかり観察して記録しようとする、科学者らしい視点が感じられます。

このように記録を残すのは、忘れてもいいようにするため。「明日の自分は他人」だと思って、後から見てもちゃんと分かるような形で、その時々の発見をカード等に記録しておくとのことです。

f:id:kamesanno:20201115210454j:plain

上の写真は、「偽装された地図」。1940年代にモンゴルで調査を行った際、調査の記録となる地図を検閲で取り上げられないようにするために、裏面に動物の絵を描いて、生物学の資料のように偽装したものだそうです。何枚もの絵が描かれていて、手間をかけて「偽装」した様子が伺えます。

この資料からは、どうにかして調査結果を持ち帰ろうという、目的達成を諦めない粘り強さが感じられます。慣れない土地で、物資も不十分な中で工夫をこらすような場面は、何度もあったのではないかと想像しました。

そのほか、女性誌に寄せた原稿も印象に残りました。奥様に連れて来られたデパートで、多種多様な台所用品を目にした時の新鮮な驚きがつづられていました。彼の目には、海外の未知の文化と同じように映ったのかもしれません。梅棹忠夫は、婦人論についても議論を巻き起こしたとのこと。先入観にとらわれない物の見方が、家事や女性のあり方についても及んでいるようです。

また、22歳頃のノートには、これから学問の道を歩んでゆく者の決意表明のような文章が書かれていました。自らの独創力と建設力を信じ、それによって未来をひらいていこうとする姿勢に、心打たれます。

しかし一般に、若者が自分自身を強く信じられるものでしょうか? 

自信のないことにかけては自信がある私なら、とても信じることはできません。でも展示を見ながら、もしかしたら、たとえ明確な根拠がなくても、信じて行動を積み重ねていくことが大切なのかもしれないと思いました。

来たれ梅棹ファン!

さて展示会場には、ファンには嬉しい(多分)、梅棹忠夫の等身大(?)写真パネルがあり、横に並んでツーショット写真を撮ることができます。

f:id:kamesanno:20201115210551j:plain

また、会場の奥には関連図書の閲覧コーナーがあり、そこの壁には、本やオープンファイルがたくさん並んだ書架の写真が大きく貼られていました。これは、梅棹忠夫の蔵書でしょうか。ここに座れば、梅棹的書斎(?)の雰囲気を味わいつつ、読書を楽しむことができますね。

梅棹忠夫が残したたくさんの資料は、デジタルアーカイブに収められていて、会場の端末で閲覧することができます。自分ではなかなかできないのですが、いつでも取り出せるように資料や情報を整理しておくことは重要だなと思わされます。充実したみんぱくアーカイブには、彼の思考が生かされているのかもしれません。

今回展示された資料は、梅棹忠夫の思考のかけらであり、記憶のかけらであり、行動のかけらでもあります。それらに触れていることは心地よく、見終わった後も、会場を立ち去りがたく感じられました。

ところで。

今年、『知的生産の技術』第100刷が発行されたそうです。

これだけ書いておいて何ですが、今まで私は梅棹忠夫について、他の著書を1~2冊読んだ程度で、それほど詳しく知りませんでした。今回、企画展が素晴らしかったので、みんぱくでこの本を購入しました。

これがもう、大変面白かったです。情報技術のあり方は、出版当時と現在とではずいぶん変わっていますが、それでも夢中になって読んでしまいました。

ということで、企画展をきっかけとして、ここに新たな梅棹ファン(約1名)が誕生しました。これからも『知的生産の技術』が版を重ね、ファンを獲得し続けることを、私は信じております。