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KIITO「イス・イズ・サイズ展」に行ってきました

「私」のための椅子

デザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)で開催中の「イス・イズ・サイズ展 ―もの選びに、新たな視点を。」を見てきました(会期は2020年7月26日まで)。

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KIITOの建物は、もともとは神戸市立生糸検査所として1927年に建てられたもの。現在は「デザイン都市・神戸」の拠点施設となり、創作的活動を行う法人等が入居するほか、アートやデザインに関する催しや貸室等が行われています。

下の写真は、上の写真の入口を内側から見たところ。館内はリノベーションされていますが、生糸検査所であった頃の記憶が、ところどころに残されています。

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さて、「イス・イズ・サイズ展」は、KIITOと、木製品のブランド「うたたね」が主催する展覧会です。

服や靴にサイズがあるように、椅子にもその人に合ったサイズがあるとのこと。展覧会は、まず自分のサイズを知ることから始まります。

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スリッパに履き替えて、座り比べてみましょう。すると確かに、座面の高さによる座り心地の違いを感じることができます。私は自分の靴のサイズは知っていても、椅子のサイズは知りませんでした。自分に一番合うサイズを特製のタグに書いて、次のコーナーへ。

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メインとなるコーナーでは、「クリエイティブ・ディレクターのイス」「ピアニストのイス」「三姉弟のイス」など、それぞれ特定の人や目的のために作られた、8(+1)脚の椅子が展示されていました。そしてその製作過程が、作る人・使う人それぞれの視点から紹介されています。

製作過程のパネルを見ていると、個々人の生活スタイルや要望を、作り手が丁寧にすくいとって、具体的な設計に進化させていく様子が伺えます。

それは、単に座りやすい高さの椅子、というだけではありません。使う人が作業をしやすいように肘掛けの位置や形状を工夫したり、「愛犬家のイス」ではリード掛けやフード置きの機能も持たせたりと、こまやかな配慮が感じられます。「狂言師のイス」では、十二角形の形状で新しい見立ての可能性も提案し、伝統芸能に新たな風を吹き込もうとさえしているようです。

どの椅子も、生活をより快適にしてくれるものであり、そこに座る人を思いやる優しさが感じられます。そしてデザインが美しい。人生の時間を豊かにしてくれるオーダーメイドの椅子・・・これは憧れます。

会場では、この素敵な8脚の椅子に、座ることができます。個人的に気に入ったのは、「20年以上前に作ったイス」(次の写真)と「おばあちゃんのイス」(次の次の写真)。

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どちらも衝撃の座り心地の良さでした。茨木のり子も思わず倚りかかってしまう、椅子という家具の重要性について、自然と考えさせられます。

コンパクトな展示ですが、内容も会場の雰囲気も、丁寧で洗練された印象の展覧会でした。

ところで。

とある大学のとあるサークルの部室には、代々の部長だけに座ることを許された椅子があり、「部長席」と呼ばれていました。デザイン的にも衛生的にもきれいではなく、必ずしも座り心地がよさそうには見えませんでしたが、サークル内でのルールは守られ、一応大切にされていました。

椅子は人の居場所となり、そこには物語が生まれます。部長席の椅子も、悲喜こもごもの物語を数多く目にしたことと推察されます。

私たちは、自らの物語をともにする椅子を、選ぶことができます。座り心地の良いお気に入りの椅子は、素敵な物語の舞台となってくれるでしょう。そしていつか、一つの物語が終わりを迎えたとき・・・椅子が持ち主のサイズに合っていればいるほど、空っぽの椅子は、かつてそこに座っていた人の存在を、静かに訴えることでしょう。