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国立民族学博物館「知的生産のフロンティア」に行ってきました

創造の過程

国立民族学博物館みんぱく)の梅棹忠夫生誕100年記念企画展「知的生産のフロンティア」を見てきました(会期は2020年12月1日まで)。

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梅棹忠夫(1920~2010)は、みんぱく初代館長。生態学民族学、情報学など、幅広い分野に足跡を残した学者です。 国内外における多数の学術調査に参加し、情報の整理法などを著書『知的生産の技術』(1969年出版)にまとめました。

企画展では、梅棹忠夫の手によるノートやスケッチ、原稿、カード、海外調査に関する資料などが解説とともに展示され、その「知的生産」の過程を覗かせてくれます。

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少年時代の登山記録にもすでに片鱗が伺えますが、手書きのノート、カード類は、とにかくキチンとした印象です(ずぼらな私から見れば特に・・・)。

文字ははっきりと書かれ、どの資料も問題なく読めます。またスケッチはかなり上手で、特徴を明確に、細部まで省略せずに描いています。しっかり観察して記録しようとする、科学者らしい視点が感じられます。

このように記録を残すのは、忘れてもいいようにするため。「明日の自分は他人」だと思って、後から見てもちゃんと分かるような形で、その時々の発見をカード等に記録しておくとのことです。

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上の写真は、「偽装された地図」。1940年代にモンゴルで調査を行った際、調査の記録となる地図を検閲で取り上げられないようにするために、裏面に動物の絵を描いて、生物学の資料のように偽装したものだそうです。何枚もの絵が描かれていて、手間をかけて「偽装」した様子が伺えます。

この資料からは、どうにかして調査結果を持ち帰ろうという、目的達成を諦めない粘り強さが感じられます。慣れない土地で、物資も不十分な中で工夫をこらすような場面は、何度もあったのではないかと想像しました。

そのほか、女性誌に寄せた原稿も印象に残りました。奥様に連れて来られたデパートで、多種多様な台所用品を目にした時の新鮮な驚きがつづられていました。彼の目には、海外の未知の文化と同じように映ったのかもしれません。梅棹忠夫は、婦人論についても議論を巻き起こしたとのこと。先入観にとらわれない物の見方が、家事や女性のあり方についても及んでいるようです。

また、22歳頃のノートには、これから学問の道を歩んでゆく者の決意表明のような文章が書かれていました。自らの独創力と建設力を信じ、それによって未来をひらいていこうとする姿勢に、心打たれます。

しかし一般に、若者が自分自身を強く信じられるものでしょうか? 

自信のないことにかけては自信がある私なら、とても信じることはできません。でも展示を見ながら、もしかしたら、たとえ明確な根拠がなくても、信じて行動を積み重ねていくことが大切なのかもしれないと思いました。

来たれ梅棹ファン!

さて展示会場には、ファンには嬉しい(多分)、梅棹忠夫の等身大(?)写真パネルがあり、横に並んでツーショット写真を撮ることができます。

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また、会場の奥には関連図書の閲覧コーナーがあり、そこの壁には、本やオープンファイルがたくさん並んだ書架の写真が大きく貼られていました。これは、梅棹忠夫の蔵書でしょうか。ここに座れば、梅棹的書斎(?)の雰囲気を味わいつつ、読書を楽しむことができますね。

梅棹忠夫が残したたくさんの資料は、デジタルアーカイブに収められていて、会場の端末で閲覧することができます。自分ではなかなかできないのですが、いつでも取り出せるように資料や情報を整理しておくことは重要だなと思わされます。充実したみんぱくアーカイブには、彼の思考が生かされているのかもしれません。

今回展示された資料は、梅棹忠夫の思考のかけらであり、記憶のかけらであり、行動のかけらでもあります。それらに触れていることは心地よく、見終わった後も、会場を立ち去りがたく感じられました。

ところで。

今年、『知的生産の技術』第100刷が発行されたそうです。

これだけ書いておいて何ですが、今まで私は梅棹忠夫について、他の著書を1~2冊読んだ程度で、それほど詳しく知りませんでした。今回、企画展が素晴らしかったので、みんぱくでこの本を購入しました。

これがもう、大変面白かったです。情報技術のあり方は、出版当時と現在とではずいぶん変わっていますが、それでも夢中になって読んでしまいました。

ということで、企画展をきっかけとして、ここに新たな梅棹ファン(約1名)が誕生しました。これからも『知的生産の技術』が版を重ね、ファンを獲得し続けることを、私は信じております。