博物館ランド

ミュージアムの面白かったところをレポートするブログです。

印刷博物館「天文学と印刷」

印刷技術が世界を変える

印刷博物館特別展「天文学と印刷」に行ってきました。

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主に15~17世紀のヨーロッパで出版された書物等を豊富に展示し、天文学と印刷の関わりを追う展覧会です。古代ギリシアからの西洋天文学の系譜とともに、活版印刷の歴史についても解説されています。

会場では、夜空を思わせるような黒い壁に解説文や展示物が浮かび上がり、入場者を非日常の世界にいざなってくれます。キャプションに印刷者と印刷地が記載されているのは、この博物館ならではでしょうか。

15世紀、グーテンベルクによって発明されたとされる活版印刷術。その技術はヨーロッパ各地に広がりました。当時、学者がその知識や考えを広めるために、自ら印刷を行うケースもあったとのこと。ドイツのニュルンベルクでは、天文学者兼印刷者のレギオモンタヌス(1436~1476)が天体観測所と印刷所を設置したことがきっかけとなり、自然科学書の出版が行われていたそうです。それらの書物には挿絵が豊富に掲載され、書体なども工夫されました。レギオモンタヌスは40歳で亡くなりましたが、その知識や遺稿は多くの人に引き継がれました。

ニュルンベルクに生まれた芸術家、アルブレヒト・デューラー(1471~1528)についても、その手による挿絵や星座絵が展示されていました。また、デューラーが学者としての側面を持ち合わせていたことや、レギオモンタヌスの蔵書の一部を所持していたこと、住んでいた家の内部の様子なども紹介されています。

そして、天動説から地動説への転換のきっかけとなった、ニコラウス・コペルニクス(1473~1543)の著書『天球の回転について』。この発行が可能になったのは、出版都市ニュルンベルクの土壌があったからこそ、と言えそうです。展示では、当時の印刷をめぐる事情を中心に、『天球の回転について』出版の経緯が解説されていました。 

印刷物によって情報が人々の目に触れやすくなり、分かりやすい図版は理解の深まりを助けました。その効果は知識の共有のみにとどまらず、様々な反応を引き起こし、科学の発展を推進したとのこと。それは天文学だけではなく、植物学や医学などあらゆる分野に及びます。そして、一部の書物は、江戸時代の日本へも運ばれました。

印刷技術の発明がなければ、科学の進歩のあり方はもっと違っていたかも・・・歴史の中で印刷が果たした役割の大きさを考えさせられます。

新しい景色

会場には、『天球の回転について』の複製が置いてあり、観覧者が触れるようになっています。地球中心の世界から太陽中心の世界へ、宇宙の姿を変え、歴史を動かしたと言える一冊です。

新しい知識や概念、考え方・・・本の中には別の世界があって、読者に新しい景色を見せてくれますね。出版に関わった多くの人々、一冊の本が及ぼした歴史的な影響を思いながらそのページをめくると、感慨もひとしおです。

また、この展覧会は、図録が大変魅力的です。

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デザインは美しく、糸綴じのため開きやすいです。もちろん中身も充実。展覧会では、初期の活版印刷者たちが工夫をこらしたことが紹介されていましたが、その心意気を伝えるようでもあります。

ところで。

司馬遼太郎の小説『胡蝶の夢には、ポンペ来日以前、江戸時代後期の日本の医者たちが、西洋の医学書から得た知識を実践し、(大胆にも)手術まで行っていた様子を描いた場面があります。

本を手に取った多くの読み手たちも、歴史を動かす担い手の一人となったのでしょう。著者と読み手、双方の力が働いて、はじめて新しい景色が構築されるのかもしれません。もちろん、それを可能にした印刷者の役割も重要・・・と、この展覧会で学びました。