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古代吉備文化財センター「『桃太郎伝説』の生まれたまち おかやま」

古代吉備王国の面影

古代吉備文化財センターに行ってきました。センターの周辺には、いくつもの古墳や、吉備津神社吉備津彦神社などがあり、歴史の深さを感じさせます。

古代の吉備地方では、独自の勢力圏が築かれていたと考えられています。争乱の伝承を残しつつ、吉備地方はやがて大和政権の支配下に入りますが、出土品からは、その繁栄ぶりや独自性を垣間見ることができます。

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センターの展示室は1部屋のみですが、常設の通史展示(縄文~江戸時代)のほか、テーマ展示や特別展示も開催されています。展示の解説プリントが置かれていて、観覧者が持ち帰れるようになっています。

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上の写真は、縄文後期の土器。描かれた模様は何を表しているのでしょう。

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弥生時代の器台と壺。まつりに使われたものとのこと。多彩な装飾が目を引きます。

弥生時代後期には、これらの器台が、大きな円筒形の「特殊器台」に発展。特殊器台は吉備地方を中心に広がり、円筒埴輪の成立に影響を与えたと考えられています。

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赤磐市弥上古墳から出土した陶棺。全国で見つかった陶棺のうち、約8割が岡山県で出土したものだとか。

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奈良時代の役所跡で見つかった獣足壺。何の動物の足なのか、何が入っていたのか、どんな人が使っていたのか・・・色々と気になります。

ここまで、自分の興味のおもむくままに写真をチョイスすると、土製品ばかりになってしまいましたが、玉や金属製品などのキラキラコーナーもありましたよ、と申し添えておきます・・。

伝説へのいざない

特別展「『桃太郎伝説』の生まれたまち おかやま」が開催されていました。

岡山で桃太郎・・・安直だと思われるでしょうか。でも、ただの昔話だけではありません。桃太郎伝説関連の遺跡は、今年5月に日本遺産に認定されました。鬼ノ城、楯築遺跡、吉備津神社など、一連の文化財はユニークで魅力的です。

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上の写真は、倉敷市上東遺跡で出土した、弥生後期~終末期の桃核(桃の種などの固い部分)です。これも日本遺産を構成する文化財のひとつ。川や井戸の跡から見つかることも多く、まつりに使われていたとも考えられているそうです。

桃には不思議な力があると考えていた、中国の影響を受けた可能性もあるとのこと。桃核は各地の遺跡で見つかっているそうですが、上東遺跡では約9600個出土しており、奈良県纏向遺跡で見つかった約2800個を大きく上回っています。

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桃核と一緒に見つかった卜骨(占いに使われた動物の骨)。何らかの儀式が行われていたのでしょうか。

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温羅という名の鬼が住んでいたと伝わる、鬼ノ城の城壁の土層をはぎとったもの。奥のほう、バームクーヘンの断面のように土が幾層にも重なって見える部分は、版築という工法で、一層ずつ突き固めながら築かれたものだそうです。

鬼ノ城は、飛鳥時代に築かれたとされる山城。築城についての記録は残っていないようで、伝説だけを留めています。

特別展ではそのほかに、鬼退治のため朝廷から派遣された吉備津彦命(桃太郎のモデル?)が、石楯を築いて防戦の準備をしたと伝わる楯築遺跡や、吉備津彦命の墓とされる中山茶臼山古墳なども紹介されていました。

ということで。

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上の写真は、中山茶臼山古墳へと続く階段。吉備津彦命は、この中山に陣を布いたとも言われています。

桃太郎伝説は、大和政権による吉備の平定を表したものなのか・・・その真相は不明ですが、一連の遺跡たちは、見る人に物語を空想させるだけの魅力を持っています。なんでもない風景が、ふとした瞬間に伝説世界への入口に変わる、かも。